安らかに!!

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84年ショップを開店する前からのダイバー仲間で30数年間の付き合い

だった (有) 沖 潜 の代表 伊藝俊之さんが天国に逝った。

沖縄では『知る人ぞ知る』で海洋博開催前沖縄返還に伴い日本政府が

沖縄に膨大な予算を投じて沖縄の山、川、海の開発が進んだ。

海洋工事を独占状態で潤っていたマリンテック沖縄((株)(倒産して今はな

い)のダイバーだった。

当時、ダイバーは真っ黒に日焼けした体に銀ぎらのネックレス、時計はロ

レックスのダイバーウォッチをしてて22歳でダイビングを始めた頃の僕に

は凄くカッコよく見えた。

僕と職業潜水士との繋がりは当時、石油基地建設で機械のリース&メン

テナンスをやりながらダイビングのイントラを目指していて、海で遊ぶ為に

船の製作から充填用コンプレッサーの自作改造迄、とにかくすべてが冒険

で無いものは自分で作る。 ・・・・ が僕の基本であった。

機械のレンタル&リースをしながら、作業潜水の話になると夢中になり、仕

事で困った事があると水中で使う道具を一生懸命考え作ったりして協力も

してた。

伊藝さんは、確か僕より3つ年上(62歳)でマリンスペースより一年半(19

82年)に(有) 沖潜を立ち上げた。

一年後、僕も石油基地が完成することで進路に悩んだが中部にダイビング

ショップがなかった事とタンクの充填施設が無いことから潜水作業ヘルプす

る傍ら潜水指導、タンクの充填、器材のメンテを全面的に協力する事で硬い

絆が結ばれショップ開店(84年)に漕ぎ着けることが出来た。


伊藝さんとは

一緒に潜水作業も沢山こなした。

若い頃は良く飲みにも行った。

初めてやる仕事は相談も受けたりした。

職業潜水士も沢山育ててくれた。

意見の対立はお互い頑固で譲らなかった。

ゴルフも好きで沢山付き合ったが、伊藝さんにはハンディー貰っても勝てな

かった。


伊藝さんと最後に会話したのは、確か昨年の10月の頃で米軍基地の潜水

作業の件で仕様書作成の協力要請であった。

その後、周りの話ですい臓がんに侵されているとの事であった。

訃報が入ったのは同じダイバー仲間からで1月20日午前8時40分天国へ

逝ってしまった。

お茶目で何処か憎めない豪快に生き抜いた友人であっただけに早すぎる

死が悔やまれる・


                 伊藝さん   ・・・・・ 安らかに!



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