35周年!

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1984年、開店して以来4月から35周年目に突入する。

実際には83年の10月に今の場所にお店を構え半年

(6ヶ月)かけて大工さんと僕とで今のお店を作り上げて

きた。

『半年も家賃を払い続けてお店を改装するぐらいだったら

施行会社に任せた方が安くつくんじゃないの?』 と 思う

かも知れないが、僕には沢山のこだわりがあった。

その一つとして

当時は携帯電話もなく海に出た時の安全対策をイメージし

た時、沖縄本島の何処にいてもショップと連絡が取りたか

った。

通信士で技術屋の僕はアマチュア無線を駆使して船、車(3

台)に無線機とFAXを取り付けた。

アンテナも沖縄本島周辺離島なら電波が届くようにショ

ップのビルの屋上(4F)に八木アンテナ(一方向性)を設

置してショップの無線室から電動モーターで動かしなが

ら確実に双方が会話(FAX)できるようにした。

当然、ショップで事務を担当した民子さんもアマチュア

無線の免許を指導したものである。

ポケベルが出始めた時、中々海では使えなかった。

でもポケベルが進化し、近い将来携帯電話が普及する

のは想像はしてたけど、進化の凄まじさ僕の予想を遥

かに超える勢いで普及していった。

役目を終えた当時のハイテク機器は今やショップの天

井裏で異物化(ゴミ)し廃棄処分しなければ ・・ と

悩んでいる。

無線の話をすると、沢山のエピソードもあるが、別の機

会にブログで紹介出来れば ・・ と思う!

二つ目はコンプレッサーにもこだわりを持っていた。

25歳でPADIのイントラに成ったとき、米軍から払い下げ

で購入した壊れたコンプレッサーを、手に入らない部品迄

作り上げて組み上げた事がある。

確か、ブリストンというアメリカ製のメーカーだったような

気がする。

その当時、米軍の仕事で水深60m潜ったとき酸素減圧

をしたことがあって、米兵や先輩ダイバーの言うがままに

危険を承知で潜ったものである。

その当時(バブル期)、沖縄は本土復帰で海洋工事が凄

く潤っていた。

ロレックス腕時計をし日焼けしたダイバーは凄くかっこ良

かったし憧れたものだ!

一方で潜水漁業の盛んな沖縄は減圧理論の知らない海

人を始め、作業ダイバーも潜水病で半身まひか命を縮め

た人も多くみてきた。

潜水病(減圧症)の原因である窒素を少なくタンクに充填

すればといつも思っていた。

コンプレッサーの種類(空冷、水冷)、気体の種類、様々な

イメージを考えながらコンプレッサー室を作ったものである。

6年前、大間くんと出会ったお陰で悩みは一転した。

(ある意味、良い巡りあわせだったのかも知れない)

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今では、水深に合わせたベストブレンドした空気を作ること

が出来た。(ナイトロックス、トライミックス)

あれから35年!

人生山あり! 谷ありで。 沢山の人生経験を苦しみながら

楽しく(アレッ?)耐えてきた。

多分40周年は無いと思うが、感謝の気持ちを込めて4月以

降来客したお客様へマリンスペースオリジナルTシャツ35枚

無料配布いたします。



    ・・・ 35年目も

        どうぞよろしくお願い致します。


               マリンスペース
    
               主宰 玉栄 将幸












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